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文化大革命の終わりと改革開放。1980年「赤猿」誕生に秘められた激動の中国史

  • 執筆者の写真: おたからや大船東口店スタッフ3号
    おたからや大船東口店スタッフ3号
  • 5 時間前
  • 読了時間: 5分

一枚の小さな紙片の中に、国家の運命と時代のうねりが凝縮されていることがあります。

世界の切手収集界において、今もなお伝説的な存在として圧倒的な光彩を放つ中国切手、通称「赤猿(あかざる)」。1980年の申年(さるどし)に発行されたこの年賀切手は、鮮やかな朱赤の背景に、漆黒の毛並みを持つ一匹の愛くるしい猿が描かれた芸術的逸品です。

しかし、なぜこの時期に、これほどまでに洗練された十二支切手が誕生したのでしょうか。

その背景には、10年間におよぶ暗雲のような混乱期「文化大革命」の終焉と、国家の未来を賭けた大転換期「改革開放」という、激動の中国近現代史が深く刻み込まれていました。

今回は、歴史の大きな節目の中で生まれた「赤猿」の誕生秘話と、そこに秘められた国家と芸術家たちのドラマを紐解いてまいります。

赤ざる

1.暗闇の10年:文化大革命と表現者たちの受難

「赤猿」が誕生する直前の中国は、1966年から1976年まで続いた「文化大革命(文革)」という未曾有の大混乱の中にありました。

政治的な暴風が吹き荒れたこの10年間、中国の伝統的な文化、芸術、歴史的遺産、そして人々の自由な創作意欲は「封建的」「資本主義的」として徹底的に否定され、破壊の対象とされました。

🔹 芸術家たちを襲った悲劇

多くの画家、文人、学者たちが不当な弾圧を受け、農村へ送られて厳しい肉体労働を強制されました。

「赤猿」の原画を描くことになる巨匠画家・黄永玉(こうえいぎょく)画伯もまた、文革の荒波から逃れることはできませんでした。彼は作品の中の写実的な表現や独特のユーモアが「批判的である」と見なされ、批判大会にかけられ、厳しい苦難の時代を過ごすことを余儀なくされたのです。

🔹 切手文化に投影された時代

この文革期に発行された切手は、政治的プロパガンダ色の強いデザインが一色を占めていました。赤い旗、スローガン、政治的指導者の肖像が画面を埋め尽くし、個人が自由に芸術性を追及することなど到底許されない時代だったのです。

伝統的な十二支(干支)や縁起物といったモチーフも、「古い思想や習慣(四旧)」として排除されていました。


2.時代の夜明け:文化大革命の終焉と「改革開放」の息吹

1976年、指導者の死去と四人組の逮捕により、長かった文化大革命はついに幕を閉じます。

そして1978年、鄧小平を中心とする新体制のもとで、歴史的な大転換方針である「改革開放」が打ち出されました。

🔹 閉ざされた国から、世界へ開かれた国へ

改革開放とは、それまでの閉鎖的な社会主義経済を見直し、市場経済の要素を取り入れながら外資を受け入れ、国民の生活向上と国家の近代化を目指す劇的な改革でした。

この方針転換は、経済分野にとどまりません。抑圧されていた芸術や文化の領域にも「春の訪れ」をもたらしました。弾圧されていた芸術家たちの名誉が回復され、彼らは再びペンや筆を握り、自由に作品を創作する権利を取り戻したのです。

🔹 新しい中国の象徴としての「十二支切手」

国家が新しい未来へ向かって歩み始めた1970年代末、中国郵政当局は一つの新しいプロジェクトを立ち上げます。

それこそが、中国の伝統文化である十二支(干支)をモチーフにした、新しい年賀切手シリーズの発行でした。

文革期には「封建的だ」と否定されていた伝統文化を堂々と復活させ、新年の到来とともに国内外へ向けて「新時代の開放的で豊かな中国」をアピールする――。1980年の申年切手「赤猿」は、まさにこのような歴史的過渡期の熱気と開放感の中で誕生したのです。


3.命を吹き込んだ巨匠・黄永玉と「赤猿」誕生のドラマ

新時代の第一号となる十二支切手の原画制作を依頼されたのが、文革の苦難を乗り越えて見事に復活を果たした巨匠・黄永玉画伯でした。

🔹 亡き愛猿への深情

黄画伯がこの切手を描く際、彼の胸にあったのは単なるビジネスや職務としての意図だけではありませんでした。

当時、画伯は自宅で「伊伊(イーイー)」という小さな猿を我が子のようにかわいがっていました。しかし、切手の原画に取りかかる直前、その愛しい伊伊が病で息を引き取ってしまったのです。

悲しみに暮れた画伯は、亡くなった愛犬ならぬ「愛猿」への追悼と深い愛情を込め、一心不乱に筆を走らせました。

切手に描かれた猿のつぶらな瞳、どこか人懐っこく愛くるしい表情、ちょこんと座る愛らしいポーズ。そこには、文革の過酷な時代を生き抜き、愛する存在を悼む画伯の人間味あふれる温かな感情が満ち溢れていました。

🔹 伝統の「赤」と神業の「彫刻」

背景に採用された鮮やかな朱赤は、中国において古くから「魔除け」「開運」「繁栄」を意味する最高におめでたい色です。文革期の政治的な赤から、人々の幸福と新時代を祝う本来の「吉兆の赤」へと、意味合いが大きな変容を遂げた瞬間でもありました。

さらに、熟練の彫刻家・孫鴻年(そんこうねん)氏による凹版印刷技術が加わることで、猿の黒い毛並み一筋一筋が立体的に立ち上がり、手で触れるとふんわりとした手触りすら感じられるような、極上の工芸品が完成したのです。


4.「赤猿」が歴史の中に刻んだ永遠の価値

1980年に発行された「赤猿」は、発売されるやいなや爆発的な人気を博しました。

それは単にデザインが素晴らしかったからだけではありません。長年、抑圧されていた人々の心が、自由で愛らしい芸術作品を心から求めていた証でもありました。

  • 文化大革命の暗闇を抜けた先にある「表現の自由の復活」

  • 改革開放という新時代への希望と高揚感

  • 国家の混乱を生き抜いた芸術家の純粋な愛

「赤猿」という一枚の小さな切手には、1980年という激動の時代を生きた人々の祈りと、中国という国家が辿ったドラマチックな歴史の足跡が、今も色あせることなく封じ込められているのです。


5.結びに:時代を超える本物の輝き

歴史の大きな転換点で生まれた作品には、時代を超える強いエネルギーが宿ります。

黄永玉画伯が注ぎ込んだ愛と、職人たちの誇り、そして改革開放へと向かう時代の熱量が結集して生まれた「赤猿」。

それは単なるコレクション品という枠を超えて、混乱の時代を乗り越えた人類の情熱と、伝統文化の力強い蘇生を物語る「歴史の目撃者」として、これからも世界中の人々の心を魅了し続けていくことでしょう。

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