【歴史解説】ロイヤルコペンハーゲンの歴史に想いを載せて。「トランキュバー」という至高
- おたからや大船東口店スタッフ3号

- 4 日前
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洗練された食卓の風景、そして凛とした青と白のコントラスト。
磁器の世界において、北欧デンマークが世界に誇る名門ブランド「ロイヤルコペンハーゲン」の名を知らない人はいないでしょう。王室の庇護のもとで育まれたその繊細な手描きの技と、デンマークの豊かな自然を映し出した作品群は、二百数十年以上にわたり世界中の王侯貴族や美意識の高い人々を魅了し続けてきました。
ロイヤルコペンハーゲンと聞けば、誰もが真っ先に思い浮かべるのは、繊細な唐草模様が美しい「ブルーフルーテッド」や、可憐な「プレイン」などの王道シリーズかもしれません。
しかし、その長い歴史の陰で、独自の異彩を放ち、コレクターや磁器愛好家たちの心を激しく捉えて離さない伝説的なシリーズが存在します。
それこそが、「トランキュバー」です。
一見すると、いつものロイヤルコペンハーゲンとは異なる、どこか温かみのあるクリーム色の素地。そこに施されたコバルトブルーの繊細な格子模様と、エキゾチックな青い花々の描写。
なぜこのシリーズは誕生し、いかにしてデンマークの伝統と異国の歴史を融合させたのか。
今回は、大航海時代の記憶から始まるロイヤルコペンハーゲンの深遠なる歴史を紐解きながら、大名作「トランキュバー」という至高の作品が生まれた背景、その造形美と精神性について深く解剖してまいります。

1.王室の庇護と「白い金」への情熱:ロイヤルコペンハーゲンの誕生
「トランキュバー」という唯一無二の作品を理解するためには、まずロイヤルコペンハーゲンという名門窯が辿ってきた壮大な歴史の足跡を辿る必要があります。
十八世紀のヨーロッパにおいて、白く滑らかで光を透かす「磁器」は、単なる食器ではなく「白い金(ホワイトゴールド)」と称されるほど貴重で高価な存在でした。当時、中国や日本から輸入される東洋の磁器は、王侯貴族たちの権力と財力の象徴であり、欧州の国々はこぞって自国での磁器製造技術の開発に心血を注いでいました。
🔹 ジュリアン・マリー皇太后と王立窯の設立
デンマークにおいても、東洋磁器への憧れは極めて強いものでした。
一七七五年、化学者であるフランツ・ヘンリック・ミュラーの手によって、デンマーク初となる硬質磁器の製造に成功します。この偉業に目をつけたのが、当時のデンマーク国王クリスチャン七世の母であるジュリアン・マリー皇太后でした。
彼女は国家事業としてこの窯を強力に手厚く支援し、一七七九年には王室が直接所有する「王立デンマーク磁器窯」へと発展させました。これが、現在のロイヤルコペンハーゲンの始まりです。
皇太后は、窯の品質を証明し、他国の模倣を防ぐために「三本の波線」と「王冠」のバックスタンプを制定しました。
三本の波線は、デンマークを囲む三つの主要な海峡(エーレスンド海峡、大ベルト海峡、小ベルト海峡)を表現しており、王冠は王室御用窯としての最高の格式を示しています。この二つのシンボルは、現在に至るまで変わることなく、最高品質の証として器の裏に刻まれ続けています。
2.大航海時代の記憶:『トランキュバー』という名に込められた歴史のドラマ
ロイヤルコペンハーゲンの歴史が王宮の華やかな美意識で彩られているとすれば、「トランキュバー」というシリーズには、世界の海を越えて繰り広げられた壮大な歴史のロマンが秘められています。
「トランキュバー」という独特の響きを持つ言葉。これは単なる抽象的な名称ではなく、実在する歴史的な港町の名前に由来しています。
🔹 デンマーク東インド会社とアジアへの情熱
時計の針を、ロイヤルコペンハーゲン設立よりもさらに前の十七世紀初頭、一六二〇年に巻き戻しましょう。
当時のデンマーク国王クリスチャン四世は、世界的な大航海時代の波に乗り、アジアとの直接貿易を行うために「デンマーク東インド会社」を設立しました。そして、インド南東部のコーロマンデル海岸に位置する小さな港町を獲得し、交易の拠点としました。その港町こそが「トランキュバー(現在のタルガンバディ)」です。
トランキュバーは、デンマークにとってアジアの豊かな文化、香辛料、シルク、そして何よりも美しく神秘的な「東洋の磁器」を自国へと持ち帰るための重要な窓口となりました。
南インドの眩しい太陽、交錯する文化、港を行き交う船員たちの熱気、そしてヨーロッパ人が夢見た東洋の神秘。
「トランキュバー」という名は、単なる地理的名称を超えて、デンマークの人々にとって「未見の東洋への強い憧れと大航海時代のロマン」を象徴する言葉となったのです。
3.アルミニア窯との融合と天才クリスチャン・ヨアヒムの革命
時代は下り、二十世紀初頭の一九一四年。この「トランキュバー」という歴史的名称を冠した磁器シリーズが、ロイヤルコペンハーゲンの歴史上に鮮烈に姿を現します。
その誕生には、もう一つの重要な窯である「アルミニア窯」の存在が不可欠でした。
十九世紀末、ロイヤルコペンハーゲンは、伝統的な陶芸技術と新しいデザイン感覚を持つ「アルミニア工房」と合併しました。磁器(ポーセリン)の繊細な白さに定評のあったロイヤルコペンハーゲンに対し、アルミニア窯は温かみのある「ファイアンス(陶器)」の製造において高い技術を持っていました。
🔹 一九一四年の革新:東洋美学の再解釈
一九一四年、アルミニア窯のアートディレクターであった天才デザイナー、クリスチャン・ヨアヒムの手によって「トランキュバー」はデザインされました。
当時、ヨーロッパの芸術界では、従来の様式美から脱却し、東洋の余白の美や自然主義を取り入れる動きが活発化していました。ヨアヒムは、デンマークが誇る交易の歴史「トランキュバー」に想いを馳せ、東洋磁器の持つエキゾチックな魅力と、北欧のモダンなデザイン感覚を融合させるという画期的な挑戦を試みたのです。
冷たく引き締まった純白の磁器素地ではなく、あえて少しクリームがかった温かみのあるファイアンスの素地を選択。そこに、コバルトブルーの美しい装飾を施すことで、従来のロイヤルコペンハーゲンにはなかった「温もりと気品が同居する新しい美」を創り出しました。
一九一四年に発表された「トランキュバー」は、瞬く間にデンマーク国内のみならず、ヨーロッパ中で大絶賛を博し、ロイヤルコペンハーゲンの新たな代表作として歴史にその名を刻むこととなったのです。
4.解剖:『トランキュバー』が魅せる造形美と手仕事のぬくもり
なぜ「トランキュバー」は、発表から百年以上の時を経た今なお、至高の作品として人々を魅了し続けるのでしょうか。そのデザインと細部の造形を深く解剖していくと、職人の高度な技術と計算し尽くされた美学が見えてきます。
🔹 青い幾何学模様:格子網目の美学
「トランキュバー」の最大の視覚的特徴は、器の縁をぐるりと取り囲む、繊細で独特な「格子網目模様」にあります。
この細かなラインは、魚を捕る網のようでもあり、東洋の伝統的な竹編みやレース生地のようにも見えます。幾何学的でありながら柔らかみを持つこの網目装飾は、器全体の印象をキュッと引き締め、独特の立体感を生み出しています。
熟練の職人が一筆一筆、均一な濃淡と太さで描き上げるこの格子ラインは、職人の腕の確かさを如実に物語っています。
🔹 東洋の余白を感じさせる可憐な「青いチューリップ」
幾何学的な格子模様の内側、器の中央部分には、コバルトブルーで描かれた可憐な花々が咲き誇っています。
特に印象的なのが、チューリップやチューリップを思わせる東洋風の花のモチーフです。自然界には存在しない「真青なチューリップ」をあえて描くことで、幻想的な美しさを演出しています。
花びらの描線には絶妙なにじみと濃淡があり、白い余白とのバランスが完璧に計算されています。西洋の派手な密密とした装飾とは対照的な、東洋の「引き算の美学」が余すところなく表現されているのです。
🔹 手に馴染むファイアンス独自の質感
触感における魅力も忘れてはなりません。「トランキュバー」に使用されているファイアンス素地は、手に取ったときに適度な厚みと心地よい重量感を与えてくれます。
唇をつけたときの当たりは優しく、温かいお茶やコーヒーを入れたときに、器全体がほんのりと温かさを保持してくれます。鑑賞するための美術品としてだけでなく、日々の暮らしの中で「使って愛でる」ための実用美が、この質感の中に凝縮されています。
5.時代を超えた所有の喜び:ヴィンテージとしての価値と精神
長年にわたりロイヤルコペンハーゲンのラインナップとして愛されてきた「トランキュバー」ですが、職人の手仕事に依存する複雑な工程や時代の移り変わりに伴い、現在は惜しまれつつも生産終了(廃盤)となっています。
しかし、生産が終了したことによって、「トランキュバー」の価値が失われたわけでは決してありません。むしろ逆です。
現代のアンティーク・ヴィンテージ市場において、「トランキュバー」は世界中の磁器コレクターが探し求める憧れの存在となっています。
年代によって微妙に異なるコバルトインクの発色、職人の癖が現れる花の描写の個体差、そして使い込まれることによって生まれる味わい深い風合い。
一点一点が世界にふたつとない「唯一無二の作品」であり、手に取る者は、一九一四年のデザイン誕生の瞬間に、さらには十七世紀の大航海時代のロマンへと、時空を超えて思考を巡らせることができるのです。
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